1969年 静岡県富士市生まれ。田や小川が多くある土地柄、自然に育まれ育つ。1976年 富士市立南幼稚園を卒業後、父の転勤で神奈川県藤沢市に転居。今までと違い、湘南の海辺での暮らしと、東京の私立小学校へ通う過酷な生活が待っていた。地元ではガキ大将、東京ではいじめられっ子を経験。故郷への思いも強く 複雑な少年時代を過ごす。1980年 東京世田谷の実家に移り住む。祖父との別れをきっかけに、死に対する事に敏感になる。学校では 第二次世界大戦中の惨状を記録したフィルムなどを目の当たりにして、戦争と平和、生きる事について真剣に考える。1982年に 同、成城学園中学校に進学。学業は不振を極め、唯一 技術や美術の授業のみ高い評価を取り続ける。生物部と剣道部に所属。1988年 成城学園高等学校を卒業、学業不振で高校4年間の生活を送る。剣道に打ち込み、最後の年に参段を取得。卒業後、動植物を扱う方面を求め、2年間の受験勉強に挑むが、学力が足りず断念、社会に飛び込む。
 造園業を主に、飲食業、建築関係の仕事を巡り、生活に必要な知識や技を習得する。一方で自然のある場所に足を運び、自然観察を続ける。開発で、故郷をはじめ 多くの自然が失われていく事にショックを覚える。造園業に従事するうちに 多くの疑問を感じるようになり、建築の勉強を始める。1993年中央工学校夜間建築科入学、上水道工事の仕事を行いながら、建築を学ぶ。1995年卒業。実体験の無い学問に満足できず、建築学校の恩師の勧めで 中小の建築物を多く手がけていた建築会社に入社。10棟近RCやS,木造など 建築物の現場監督補佐他、リホーム、飲食店の営繕工事立会いなどに従事する。個人経営の厳しさを社長の背中に感じる日々も同時に過ごす。入社当時、建築完了のビルに不払いが生じていた。1997年、会社が傾き 自主退社する。その後造園の道に戻り、玉崎弘氏、和久井道夫氏、川口豊氏、白井温紀デザイナーなど多くの方々のお世話になりながら、庭造りの楽しさを学び直す。
 ガーデニングブームが目前に迫り、建築の知識が重宝され、1997年から1999年まで3年間、玉崎弘氏の下 設計と施工を担当、胸を借りて多くの作品作りに挑む。1999年、第1回国際バラとガーデニングショー入選。作品が仕上がらず賞の対象から除外。版画家山本洋子さん他 審査員の方から直接評価を頂く。この機会が、2000年、銀座松屋、NHK趣味の園芸フェスティバルのデザインを行なうきっかけとなり、以後5年間のデザインと施工を務める。20回でこのイベントも幕を閉じる。その後、趣味の園芸出演依頼を受け、今日まで講師を務める。この他、地方ガーデンコンテスト、金賞、銅賞など頂く。バラとガーデニングショーを始め、浜名湖モネノ庭の施工監督など玉崎弘氏の下多くの経験も積む。近年はFLORENS COLLEGEの講師や地方講演、サカタのタネ園芸通信連載など、園芸や造園の世界を広める活動にも従事する。
お詫び: 本来 箇条書きで年表を作るべきだと思いましたが、通常のホームページビルダーと異なり、簡単な     ソフトのためデザイン他、表現に乏しくお許し下さい。
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